TOCの風 (エッセイ)NO.1  才能

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風 NO.1   才能?

              (師走の風に向かって)

1.先生は必要?

一応、私は人にものを教える事を「生業」としている。

小中高校生の勉強や,その指導法や,論文の書き方などを。

授業がスムーズに進むように、できるだけの準備はしているけれど、予想もしない質問が来て、思わず「はあ?」とアゴをはずしかけたり、時間をかけて限界値に到るほど丁寧に教えたはずなのに、脳天を打ち砕かれるような答えを読まされたり、自分の無能さを日々思い知らされる事ばかりである。

ところが、そんな程度の私に「わたしって、プロの塾教師になれます?」とか、「うちの子は、模試でこれこれの成績だから、勉強の才能がありますよね?」と聞いてくる子や親が、授業や、講習会の後で何人か現れる。

答えは決まって「そんなことは分かりません。」

本当にそれ以外は答えようがないのだが、たいがい聞いてきた側は、おもしろくなさそうな顔をする。

何と言ってもらいたいんだろう。わたしが太鼓判を押したら何かいいことがあるのだろうか。

実際、安易に請け合う人たちもいるのだが・・・。

けれども、勉強に限らず,ほんとうに才能がある、とか無いとかそんなことがどうして誰かに言えよう。「才能」というものは、その人が生まれたときにもらった、リボンがかかった箱に入っているプレゼントではないのだ。

高校時代の美術の先生だった大橋先生(日本画家・元近代美術館館長)は、画家になるには、ひたすらに描き、描き、描き続けるなかで、線をすこしずつ洗練させ、使える色をふやし、そのなかから自分の線と色を見つけていくしかない。その結果、自分がどこにたどりつけるか、あるいはどこにもたどりつけないかは、誰にもわからないと、おしゃっていた。

もし「才能」という言葉をどうしても使いたいのなら、これをやり続ける能力としか言いようがない。すくなくとも「才能」は、プロになれるお墨付きなどではないのだ。

好きなことを見つけなさい、ということを誰でも聞いたことがあるだろう。それはなぜかというと、好きなことでないと続けられないからだ。自分の思いどおりにできるようになるまで、たいがいのことは、アホらしいほど時間がかかる。

同じことを一人っきりで繰り返し繰り返し、延々とやっていかなければならない。そんなことは死ぬほど好きでなくては、絶対にできない。そして、自分の思い通りにできるようになったところが、ほんとうのスタートラインなのである。つまり、「好きなこと」とは、飽きようが、イヤになろうが、けなされようが、とがめられようが、毎日毎日繰り返してできることであり、それは見つかるというより、もちろん巡り合ったのは偶然であっても、自分がそれと強い関係を結ぶことができるもの、といったほうがいい。

絵を描くことばかりではない。楽器を演奏することにせよ(Weaverの奥野君のように)、漫画の原作を書くことにせよ、ゲームのプログラムを作るにせよ、おそらくコックにせよ大工にせよ陶芸家にせよ写真家にせよ、それがなんであってもある程度、形になるまでは時間がかかる。そして、そこに行くまでには、気持ちが悪くなるくらい、失敗を続けていかなくてはならないのだ。

それが学校の勉強の場合、そこまでする人が少ないだけなのである。そして、そこまでしなくても、大抵は、学校の勉強の目的は達せられる。

わたしたちは言葉でも自然に身につけているわけではない。生まれ落ちるとすぐ、親の話すのをものすごい集中力で聞きながら、何度も繰り返し繰り返しまねをし、一年か二年して、やっとしゃべれるようになってきたのを忘れてはいけない。

つまり、どんな技術でも身につけようと思ったら、まねをし、参考にする対象、つまり先生が絶対に必要なのだ。

  

2.       教え-教わるということ

バレリーナというのは、舞台を降りても、非常に立ち姿が美しいのをご存じだろうか。単に背筋が伸びている、というだけでなく、重力を感じさせない立ち方をする。群衆の中にいると、その姿は目立つ。他の人間がGに打ちひしがれたような格好で壁にもたれたり、柱に寄りかかっている中にあって、ひとり重力とは無縁に立っている。それが不思議でバレーをしていた妻や叔母に聞いてみたことがある。すると、初心者の指導もしていた彼女たちの先生は、最初に、頭のてっぺんからひもが出ていて、自分が常にそのひもに吊り下げられているところをイメージするように教えていたのだそうだ。その先生自身もそう教わったのだという。確かにそういうイメージを持って立つと、背筋が伸びるだけでなく、力が抜け、軽く立つことができる。

あるいは、こんなこともあった。息子たちが通っていたスイミングのインストラクターが、身体が沈んで上手く泳げない、という人に、「あごを引いて泳いでみて」とアドヴァイスするのを聞いた事がある。その一点に気をつけただけで、泳ぎがまったく変わったのには、近くで見ていた私もおどろいた。

もうひとつ、これは私自身の経験なのだが、日本人が苦手とされるLとRの発音の区別、私はこれには比較的苦労することがなかった。というのも、中学生当時、通っていたパルモア学院のアイルランド人の先生から、Rを発音するときは、上唇の両端を緊張させる、という指導を受けたからなのだ。多くのテキストには、日本語にはないRの音の舌の位置については書いてあるけれど、上唇を緊張させる、ということは書いていない。だが、その一点、気をつけるだけで、発音は全く変わってくる。自分が正しく発音できれば、聞くときもそれほど難しくはない。

あらゆることは、まず、主体の身体の構えにかかわる。中学高校と続けてきた剣道で、厳しくたたきこまれてきた事だが、このことは、剣道や踊りや水泳や語学だけではない。絵でも、一本の線を引こうと思えば、鉛筆やコンテや筆の持ち方、持っていない手の使い方、座り方、そうしたものが正しくできていなければ、思い通りの線は決して引けない。

そうして、絵を描くことが、実は見ることそのものであり、脳の一部を手に移動させている行為であるように、見ることにしても、考えることにしても、あるいは文章を書く、本を読むといった、わたしたちが普段「身体行動」とは意識していないような活動を行うときも身体は密接に関連している。その行動にふさわしい、身体の構えというふうなものがあるのだと思う。

先生、というのは、この身体の構えのお手本なのである。わたしたちは先生が立つのをまねて立ち、先生の線をなぞる。先生の言葉をまね、先生の身体の動かし方をまねる。先生のものの見方をまねて、考え方をまねる。

(当然、親の・・・・)

そこで問題になってくるのは、わたしたちは自分の身体がどうなっているかを自分では見ることはできない、ということである。自分がどれだけまねているつもりでも、自分の立ち姿のイメージは、外から与えられるまで思い描くことはできないし、身体が沈んでいくという形でしか意識することはできない。自分の身体がどうなっているかを俯瞰する「外部の眼」がどうしても必要なのだ。

加えて、そうした点を的確に表現し、アドヴァイスを送る「身体的な」言語がどうしても必要になってくる。そうした言語の遣い手は、決して多くはない。「一緒に泳いでいるともだち」ではダメなのはもちろん、単に経験者というだけでもダメで、そういう言語運用能力に長けた人、あるいはそういう指導を受けている人に習うことが必要になってくる。

ところがこうした明らかに核心をついたアドヴァイスを受けるチャンスというのは、実際にはそれほど多くない。私にしても、そのアイルランド人の先生の指導を三年近く受けていたのだけれど、はっきりとしたアドヴァイス、これを聞いて本当にためになったという情報は、その一点だけだ。振り返ってみても多くのいい先生に恵まれてきたのだけれど、これを聞いてためになったという形で自分の中に残っているものは、ほとんどない。

つまり、核心をつくアドヴァイスを求めて、先生につこうと思っても、それは必ずしも効率がよいことではない。「情報」ということに限定するなら、自分の役に立つ情報は必ずしも得られるとはかぎらないのだ。

そんな不確かなことならば、やはり先生など必要ないのか。そんなことはない。やはり技術の向上を目指そうと思うのなら、必ず先生につかなければならない、と、わたしは思う。

十代の終わりに、小学生や中学生に勉強を教えることになってから、さまざまな場で教えるという経験を重ねてきて、つくづく思うのは、教えられるほうは、自分の好きなことしか聞いていない、ということだ。ここが大切だ、と口を酸っぱくして言っても、プリントを作っても、宿題を出しても、教わる側はちっとも聞いてはいない。好きなように「理解」するし、勝手に「励まされた」と感動するし、「傷つけられた」と怒り出す。

つまり聞いている側は、聞きたい情報をいくつかピックアップし、それをつなげて勝手に「物語」を作り上げ、自分のものにするのである。

ここで言えるのは、教える-教えられる、という関係は、パッキングした知識を宅配便のように教える側から教えられる側へと発送することではない、ということだ。

これをコミュニケーションという観点から見るならば、教師の発話を受け取った生徒の側からコミュニケーションは始まっていく。教える-教えられるという関係がコミュニケーションとして成立するか否かは、教えられる側にかかっているのである。

つまり、教えられる側が教わろうとしてその場に入っていくとき、教える-教えられるという関係が初めて成立するのである。そうしてそこで何を学ぶか、というのも実は教えられる側が選び取っていくことなのだ。

しばしば聞く話に、学校に行っている頃は勉強なんか楽しくなかったけれど、大人になって勉強してみると、これほど楽しいことはない、というものがある。大人になってからついた先生が良かったから?そうではない。

ひとえに教わる側のあり方が変わったのだ。教わる側が、教える-教えられるという場に自分から主体的に入って行ったのか、それともいやいや連れてこられて、ダルくてやっとれんわーと思っているかの違いなのである。

当然、ここにお金の問題が介在してくる。教える-教えられるという場を設定するときに、金銭を介在させるというのは非常に分かりやすいことなのだ。

大人になって、自分が身銭を切って行く英会話教室やカルチャースクールで「不登校」になる生徒はいない。講師が休めば、振り替えを求める。ところが、義務教育の頃は、自分が懐を痛めていないものだから、不承不承、行かされているように思い、サボり、教師が自習にすれば大喜びする。

そうした意味で、自分は教えられる場に入って行く、という心構えのためにも、お金を払うというのは必要なことだと思う。経験の少ない未熟な子には、その価値や技術はまだ見えないのだろうけど、それは親が教えなければならない。

プロになる、つまり、その道で食べていくことができる程の収入を得ようと思えば、知識と技術が前提となる。知識と技術を習得するためには、教える-教えられるの関係に入って行くことが必要である。そうして、その場に入って行くことは、お金がかかることも、了解しておく必要がある。

けれども、そこで得た知識も技術も、それだけでは何の役にも立たない。こんどは、それを自分のものにしていく過程が必要になってくる。文字通り「身につける」というプロセスである。それが繰り返しのトレーニングであり、いかにそれを効率よく、倦むことなく、続けていけるかどうかが問題なのである。

その結果、プロになれるかどうかは、大橋先生の言葉ではないけれど、「誰にもわからない」。ただ、個人差はあるにせよ、できるようになったことを前提にして、必ず自分の思い通りに身体が動かせる段階に到達できるはずだ。つまり、一種の「自由」を手に入れることができるのだ。

自由ということを書いたついでに言っておくと、技術を身につけない段階で「好き勝手」にやることと、自由とは全く違う。技術が無く「好き勝手」にやっているときは、全く「不自由な限界」の中にいるのだけれど、その状態に気付いていないだけなのである。ヘッタクソな絵を「自分の個性」だと思っているのは勝手だけれど、それは「自分が全く不自由な状態」にいることに単に気付いていないだけなのだ。自分の限界を指摘する「外部の眼」など必要ないと思うのなら、それもまたいいだろう。趣味として、楽しくやって行けばよい。けれども、そこから出ようと思うなら、「外部の眼」の評価に自分を晒さなければならない。自分の不自由さに気がつかなければならない。

プロになるというのは、何にせよ大変なことだ。けれども、できないことを見極め、できることの領域を少しずつ広げていくプロセスのなかで、わたしたちは必ず自由になって行くはずだ。それを思うと、その大変な道の一つを選択する価値は十分にあるはずだ。世間の識者、先達たちは、さまざまな言葉でわたしたちに教えようとしてくれていたと思う。

さて、ここで教える側は、何を教えたらよいのだろうか。そのお金に見合う何物かを提供するためには、何をしたらいいのだろうか。私自身、未だ模索している段階なのだけれど、その上で、今こころざしていることをいくつかあげてみたい。

①    場の雰囲気をコントロールして、教えられる側の気を上げる

もちろん、これはコミュニケーションの起点が教わる側であることを考えれば、教える側がどこまでコントロールできるかははなはだ心許ないものでもある。けれども、やはり教える側が一方の当事者であり、送り手であることは間違いない。少しでも学びの場に近づけることができるように、できるだけの努力はすべきであろう。私のオヤジギャグはあまり評判は良くないのであるが、けなげな努力の一端ではある。

②    教える側が、自分なりの基準を持つ

どういうものを良いと思うのか、なぜそれが良いと言えるのか、そうした基準を教える側が持っていることは必要不可欠だと思う。その基準が無ければ、教えるのも場当たり的にならざるを得ないし、まじめな受け手は混乱するだろう。その基準を受け手が批判してくる場合は、それに応酬していく必要がある。つまり、それを毅然と行える程、その基準は教える側にとって、確固たるものでなければならないと思う。

③    「答え」ではなく、どういうふうに考えを進めたら良いのかを教える

受け手が知るべきは、いくつもある「答え」のひとつではなく、そこへ行くまでのプロセスであり、さらに言えば、そこから次の質問を作りだしていく道筋を示すことができたらと思う。そのプロセスは知識の集積ではない。自分の経験を理論化することによって編まれた「身体的言語」であると思う。

以上のことを総合すると、結局、教える側も学び続けていかなければいけないということなのだ。

何にしても、教えられる側が、自分の思う通りにできるようになるまで、時間がかかる。そこに到るまでには、同じことを、たった一人で繰り返しやっていかなければならない。その繰り返しに、方向付けを与え、飽きないように励まし、たった一人ではないのだ、と勇気づけることが、おそらく、教える側のやらなければならないことだと思う。

そうして、教える側も、思い通りに教えられるようになるまで、時間がかかるということを覚悟しなければならないだろう。教え始めて、三十有余年経てもいまだに、未熟を感じている。教える側は、同時に学ぶ側でもある。そうして、学ぼうと思うときは、教える側であるか否かに関わらず、やはり導き手を探さなければならない。

教えることは、難しい。けれど、教えることによって勉強させてもらっている。これは、つくづく思うことだ。こうやって、また頑張っていれば、何年かしたら、もう少しましな先生になれるんじゃないかと思い続けている・・・・。

でも・・・

最初の「生業」を、「せいぎょう」と読めるけど、ここで「なりわい」と読んでくれない語彙力不足の子たちに、分かってもらえる力をつけていくには、まだまだ努力が必要なんだろうなあ。

先生の文章、もう一度はじめから、読んでみて!

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